生きる/1952(日本)

2014年12月14日 17:05

『自分と対峙するインパクトとなる作品』

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「生きる」(配給:東宝)


市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への熱情を忘れ去り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。市役所内部は縄張り意識で縛られ、住民の陳情は市役所や市議会の中でたらいまわしにされるなど、形式主義がはびこっていた。

ある日、体調不良で診察を受けた渡辺は自分が胃癌だと悟り、余命いくばくもないと考える。不意に訪れた死への不安などから、これまでの自分の人生の意味を見失った渡辺は、市役所を無断欠勤し、これまで貯めた金をおろして夜の街をさまよう。(Wikipediaより)


この映画のテーマは、タイトルにあるとおり「生き方」。

生き方というのは十人十色、人それぞれ。

そして、多くの生き方は「働き方」に直結するものであると、私は考えます。

志村喬演じる市民課長・渡辺の働き方を通して、ピラミッド型の組織に属する者の生きる意味を教えてくれます。


物語は、黙々と書類に判子を押す渡辺が映し出されて始まります。

この時点での渡辺の生き方はどのようなものなのでしょう。

渡辺を紹介するナレーターの言葉は辛辣です。

ー 今この男について語るのは退屈なだけだ。なぜなら、彼は時間を潰しているだけだからだ。彼には生きた時間がない。つまり彼は、生きているとは言えないからだ。


なにが渡辺を、こう成らしめているのでしょうか。

ナレーターは語ります。

ー 忙しい。全く忙しい。しかしこの男は、本当は何もしていない。この「イス」を守ること以外のことは。そしてこの世界では、地位を守るためには、何もしないのが一番いいのだ。

知ってか知らずか、渡辺は課長というポストを守るために、日々の業務に追われ、何も考えずに忙しくしていたのです。


その上に成り立った、30年間無欠勤勤務。


それを揶揄する「ジョーク」が出回ります。

ー キミ、一度も休暇をとらないんだってね。

ー うん。

ー キミがいないと、役所は困るってわけか。

ー いや。ボクがいなくても役所では全然困らんということが分かっちゃうと、困るんでね。


「代替可能である存在」という不安は、いつまでも付き纏うということでしょうか。


しかし、ある日、渡辺は欠勤します。

胃の調子が悪く、町医者で受診するためでした。

そして受診の結果、胃癌が判明。余命半年を悟ります。

死のうにも死にきれず、貯めた金を使い込もうとしても、その使い方がわからない。


小さな居酒屋で出会った、伊藤雄之助演じる小説家にその金を託し放蕩を体験するも、一時的な快楽は心を満たしません。

それどころか、無断欠勤は役所に悪評をもたらし、放蕩は家族に疑念を抱かせるのでした。


放蕩のもたらした虚無感にうちひしがれた帰宅路、渡辺は小田切みき演じる市民課臨時職員の小田切とよに声をかけられます。

役所を退職し新しい職場に行くため、退職願に市民課長の判子が必要とのこと。

渡辺は退職願に判子を押した後、小田切を誘い、束の間のデートを楽しみます。

普段から無口な渡辺でしたが、小田切にこう打ち明けました。

ー 全く...。近頃ワシは...あれを見る度に...いつか君が読んだ「笑い話」を...あれはその...全く、本当だ。...ワシはこの30年間、役所で一体何をしたのか。...いくら考えても思い出せない。...覚えてるのは、つまり、ただ忙しくて...しかも退屈だったってことだけだ。


小田切は、市民課長がこれほど長く話せる人間だとは思いもしませんでした。

気を良くし、市民課職員につけたあだ名を渡辺に告げます。

・ナマコ/ヌルヌルして掴み所のない人

・どぶ板/365日ジメジメしている人

・ハエ取り紙/あっちにベタベタ。こっちにベタベタ

・食堂の定職/特徴は、なにも特徴がないこと

・糸コンニャク/いつもブルブルしている


最後に、自分のあだ名は何かと問う渡辺。とまどう小田切でしたが、告白します。


「ミイラ」


その場では笑っていた渡辺でしたが、数時間後、その思いを小田切を語ります。

ー こんなことは...誰にも言えない恥ずかしい話だ。つまり...なぜワシが30年間、ミイラの様になったかというと...全くそのとおり...つまり...仕方がない...ただ...その...ミイラの様になったかというと...それはつまり...それは...せがれの為を思って...しかしせがれは...全然そんなことは...少しも...その...


それを聞いた小田切は、こう返します。

ー でも、その責任を息子さんに押し付けるのは無理よ。だってそうでしょ。息子さんがミイラになってくれって頼んだのなら別だけど。親って、どこの親も似てんのね。ウチのお母さんも、時々今と同じような理屈を言うのよ。おまえが生まれたために苦労した、なんて。そりゃ生んでくれたことには感謝するわ。だけど、生まれたのは赤ん坊の責任じゃないわよ。


これまでの30年間を、息子のために生きてきたと信じていた渡辺は、小田切の答えに戸惑います。


自分はなんのために生きてきたのか。


そして、「生きるとはどういうことなのか」。


いつも楽しそうに、活気溢れ、若く、未来のある小田切の姿。

数十人の若者たちがバースデーパーティーを開く喫茶店の片隅で、渡辺は意を決して、生きるとはどういうことかを小田切に問うのでした。

そこに返ってきた言葉は...

ー ただ働いて食べていくだけよ!


小田切は続けます。

ー 今、こんなもの作っているのよ(バッグからウサギのおもちゃを取り出す)。こんなものでも作ってると楽しいわよ。私、これ作り出してから、日本中の赤ん坊と仲良しになれた気がするわ。ねぇ。課長さんも、なにか作ってみたら?

ー 役所で...一体なにを...

ー そうね。あそこじゃ無理ね。あんなとこ辞めて、どこか...

ー もう...遅い...。......。...いや...遅くは...ない。...いや...無理じゃない。...あそこでもやればできる。ただ、やる気になれば!


バースデーパーティーで、若者たちの「HAPPY BIRTHDAY」の歌声が響きます。


ー ワシにも、何かできる!ワシにも、何か!


生まれ変わった渡辺は、翌日役所に出勤し、たらい回しにされていた住民の陳情「公園建設」に着手するのでした。


ーー


5ヶ月後、渡辺は死にます。


公園は完成しました。渡辺の遺影は、心なしか安らかに見えます。


通夜の席には、助役などの市役所役員と職員が列席していました。


そこに陳情主の市民が焼香に訪れ、一言も発さず、ただ感謝に涙を流し冥福を祈る姿。


市役所役員は、いたたまれず席をたちます。


残された職員は、なぜ渡辺が急に仕事に意欲的になったのかについて論じ、この5ヶ月間を振り返ります。

公園建設の成功を、ある者は「偶然」といい、ある者は「役所の力」だといいます。


しかし、皆は知っていました。渡辺の行動なくして、公園建設の成功はなかったことを。


論じ合いも終盤となり、やはり胃癌であることを本人が知っていたという結論に達したとき(渡辺は、小田切以外に胃癌であることを告げていませんでした)、渡辺の落とした帽子を届けに警察官が訪れます。


警察官は焼香の後、家族、職員に渡辺の最後の姿を見たと告げます。


雪の降る公園で、ブランコに乗る渡辺の姿。

そこには、心に響くような「ゴンドラの唄」の歌声がありました。

♪ いのち短し 恋せよ少女(おとめ)

♪ 朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に 

♪ 熱き血潮の 冷えぬ間に

♪ 明日の月日は ないものを


残された職員は渡辺の最後の「生き方」に感化され、明日からの仕事に意欲を示します。


しかし、翌日、そこにあるのは「いつものように」作業をこなす職員の姿でした。


ーー


「生きる」とはどういうことか。

日々の忙しさに追われ、盲目的に働いても、得られる答えはなさそうです。

「生きる」ことを考えるとき、自分自身としっかりと真剣に向き合うことは大変重要です。

とはいうものの、「いつものような」生活の中で、なかなかそれは難しい。

人は、人生に大きなインパクトが生じたとき、自分と対峙する機会を得ることができます。

卒業、結婚、出産、リストラ、起業、病気、別れ...

しかし、そういうインパクトはそう訪れるものではありません。

私は、この「生きる」という映画が、そのインパクトに代わるものではないかと思うのです。

働き方に不安を抱き、生き方に迷ったとき、自分自身と向き合う大切さを教えてくれる名作に違いありません。


最後に、作中に登場する小説家の言葉を、ここに引用します。

ー 人間は軽薄なものですな。生命がどんなに美しいかってことを、死に直面したときに初めて知る。しかし、それだけの人間はなかなかいませんよ。ひどいやつは人生のなんたるかを知らないんだ。あなたは立派です。その歳で過去の自分に反逆しようとしているんだ。私はその反逆精神に打たれたんだ。あなたはこれまで人生の下僕だった。しかし今や、その主人になろうとしている。人生を楽しむことってね、これはあんた人間の義務ですよ。与えられた生命を無駄にするのは、神に対する冒涜ですよ。人間、生きることイコール貪欲にならないと駄目だ。貪欲は悪徳に数えられていますが、こんな考えは古いんだよ。貪欲は美徳。特にこの、人生を楽しもうとする貪欲はね。


「生きる」ことに貪欲になる。

もし今の生き方に、閉塞感に似たなにかを感じるのであれば、あなたは人生の主人になるチャンスかもしれません。


人生を。「生きる」ことを、楽しみましょう。


やればできる。

やる気になれば!

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